
「日本語はどのくらい理解できる?」
「ちょっとだけ」
「ちょっとって、どれくらい?」
ポルトガル語の問いかけに、小2のブラジル人の男子児童は指で小銭をつまむくらいの隙間を作り、「これくらい」と答えた。
2022年9月上旬、愛知県内のとある公立小学校の一室で、家庭や学校での男子児童の生活などについて本人や関係者に聞き取る面談が行われていた。男子児童に質問したのはブラジル人の心理士だ。40代の母親と、担任教諭、通訳が同席した。
きっかけは、学校側が母親に対し、男子児童に知能検査を受けさせるように勧めたことだった。現在は通常の学級で学ぶ男子児童が、障害児向けの特別支援学級に入る必要があるかどうかを見極めるためだ。
ポルトガル語を話せる心理士は、学校がブラジル人を支援するNPO法人を通じて手配した。外国人の子どもの母語で話し合いや検査などを実施する試みは、全国的に見ると稀だ。日本語がわからなくても、日本語で検査を受けるしかない場合がほとんどだ。 特別支援学級に入ることになる外国人の小中学生らは、不自然なほど多い。各地の公立小中学校で日本語を教える体制が整っておらず、特別支援学級が日本語での学習に苦労する児童生徒らの受け皿として“活用”されている実態がある。
ただ、特別支援学級は障害児のためクラスと法令で決まっており、日本語を専門的に教わる場ではない。このため、外国人の子どもたちが本来必要とする教育や将来の選択肢が奪われる恐れをはらんでいる。
国は「外国人の子どもたちに障害がないにもかかわらず、日本語能力を理由に、特別支援学級に入れるのは不適切」と注意喚起しているが、対策は各自治体や学校に委ねられたままで、解決の糸口は見えていない。【金春喜 / ハフポスト日本版】
日本語わからず「本人がかわいそう」 男子児童は2歳で来日。家族とはポルトガル語のみで会話しており、日本で暮らして約6年が経つ今も日本語は不得意なままだ。
担任の男性教諭によると、男子児童は日本語での授業についていけず、宿題も手をつけられないまま提出することが少なくないという。
担任教諭は「隣にぴったりと教員がついてあげなければ、授業や指示を理解することは難しい。男子児童がいることでクラスメイトの学びの妨げになってはいるわけではないが、このままだと正直、本人がかわいそうだ」と心理士に説明した。
学校側は毎日1時間、通常の授業時間中に男子児童を別室に呼び、日本語を教えている。ただ、同校には日本語を教える専任の教員が追加配置されておらず、日本語を教えた経験のない教員らが交代で教える体制だという。
児童が特別支援学級に入るための手続きを担当する別の男性教諭は「男子児童の日本語力は低く、本心ではもっと指導時間を確保したい。だが、教員はただでさえさまざまな業務を抱えており、現状でいっぱいいっぱいだ」と説明。
その上で、「小3からは理科や社会の授業も始まり、理解が必要な日本語のレベルも高くなる。特別支援学級に入れることも含め、何が児童の学びにとって最適かを今のうちから考えるのが教員の務めだ」と話した。
母親も悩む。心理士がまず最初に「子どもについて何に1番困っていますか」と尋ねると、男子児童の性格や生活態度などではなく「本人が『勉強が難しい』と言っていること」と真っ先に答えた。
さらに「息子がいつまでも日本語に慣れないことに、母親として焦っている」と打ち明けた上で、「特別支援学級に入るべきなのかどうかは、まだわからない」と話した。
面談後、心理士が「子どもは家ではポルトガル語、学校では日本語という2つの言語を習得しなければならない。生活の中で日本語しか使っていない他の子どもよりも苦労しているはず。お母さんも、今から日本語で授業を1時間受けることになったら、不安になるでしょう」と声をかけると、母親は静かに頷いた。
この面談で、男子児童が何らかの障害を抱える可能性があると主張した関係者はいなかった。2023年3月末時点で、男子児童を特別支援学級に入るかどうかについての協議は続いており、結論は出ていないという。
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